六甲山

六甲山住吉道、1938年7月6日 阪神大水害で流された「右有馬道」と書かれた石の道標

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六甲山住吉道に、1938年7月6日 阪神大水害で流された「右有馬道」と書かれた石の道標を見てきました。

住吉道(有馬道)は、住吉川沿いにJR住吉駅から六甲山頂を結ぶハイキングコースです。

住吉川は、六甲最高峰から記念碑台付近までの流域からの水を集めています。

この住吉川は、六甲山系では、もっとも水量の多い川の一つです。

その住吉川に沿って六甲最高峰に向かう古道が、住吉道です。

住吉道は、明治時代に県道住吉有馬線として整備されました。
しかしながら、時代とともに利用されなくなってしまいました。

昭和13年の阪神大水害で被害を受けています。

この道は本庄橋跡の手前で、深江から芦屋や岡本方面から風吹き岩経由で登ってきた魚屋道と合流し、六甲最高峰に至ります。
また、その手前、一軒茶屋付近から有馬に至る道となります。

住吉道へは、JR住吉駅からバスで白鶴美術館前まで行くのがいいですね。

もう少し上まで上がって降りてきてもいいですが、白鶴美術館から住吉川や海側の風景がとってもきれいですので、一見の価値があります。

もしくは、阪急御影駅から歩いて登るのがよいでしょう。

さて、白鶴美術館前を超えてそのまま200mほど登っていくと落合橋があります。

この橋を渡りとすぐに横断歩道がありますので、道を横切ります。

そのまま道なりに進むのではなく右方向、住吉川側に進むと、左手に阪神大水害にちなんだ洪水水位の碑があります。

この先、しばらく住吉川に沿った舗装道路を登ります。

しばらくすると舗装路が途切れ住吉道と書かれた道標を進みます。

エクセル東バス停(くるくるバスでここまで来ることができます)の方からつながる林道と合流します。

しばらく行くと、右に打越山、左に石切通、そして真っすぐが住吉道の分岐があります。



まっすぐ住吉道を五助ダムを目指して進みます。

まっすぐに進むと、石積みの大きな堰堤、五助堰堤が現れます。

五助ダムをこえた場所



木道で流れを渡ると、辺りの緑を水面に映す小さな池。

そのまま、道沿いに進みます。

五助ダム超えた上のハイキングコースは敷石がきちんと整備されており、古道を感じるとても気持ち良い道です。




黒五谷・打越峠への分岐付近



時折現れる住吉川の雰囲気が最高ですね。



西おたふく山の分岐



JR住吉駅から6㎞、六甲山最高峰まで3㎞の場所。



そのあたりに、下記の看板ができてました。



二十メートル先に1938年7月6日阪神大水害で流された「右有馬道」と書かれた石の道標があります。見てやってください。休憩所もあります。



そのまま進むと、すぐに下記の看板があります。



約100m上に、有馬に物資を運んだ旧有馬道の跡があり、この石標は1938年7月の阪神大水害でそこから流されたもので、およそ70年ぶりに発見されました。



そのすぐ下に石標がありました。



右、有馬道と書かれてますね。


阪神大水害
阪神大水害(はんしんだいすいがい)は、1938年(昭和13年)7月3日から7月5日にかけて、神戸市及び阪神地区で発生した水害。
同地域では、阪神・淡路大震災(1995年(平成7年)1月17日)と並び語られる自然災害である。

6月末に太平洋岸に形成された顕著な梅雨前線が7月3日に瀬戸内海を通過、3日の夕方から降り始めた激しい雨は4日夕刻に一時収まったが、5日午前1時から5日13時23分まで大豪雨となった[1]。この3日間で降水量が最も多い時には60.8mm/h、総降水量は六甲山で616mm、市街地の神戸海洋気象台でも461.8mmに及び、阪神間の広い地域で400mmを超えた。六甲山南麓(いわゆる甲南地域)には芦屋川、住吉川、石屋川など、急峻な山地から一気に海へと流れ下る川が多いため、各河川流域で決壊、浸水、更に土石流などの土砂災害が相次いだ。交通網・通信網も寸断され、都市機能は麻痺した。(Wikipediaより)



とっても大きな災害だったんですね。

改めて、神戸や六甲山の歴史を学んだ一日でした。







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